(私)エリザベス キュープラー ロスさんの‘ライフ・レッスン’(角川書店)という本を、今日から読みはじめました。
Sさん機会があったら読んで下さい。
要所要所で涙が出て仕方がありませんでした。
エピソードの内容にとても同感できるので、泣けてしまうんです。
自分の他人への理解力が増したことは嬉しいことです。
でも、こんなに涙もろいと困ってしまいます。
‘ライフレッスン’の中で繰り返されているロスさんの意見内容が、親鸞の考えと同じであることに私は気づきました。
親鸞もロスさんも、霊界からの導きによって同じ真理に至ったのだと思います。
「他力本願で生きよう。
自然(じねん)に生きよう。
ものごとすべて、なるべくしてなるようになっている。
自分の中にある仏に、すべて任せよう。
そうすれば、あらゆる真理が理解できる。
生きることが容易になり、浄土に行くことができる」
親鸞の考えをごくごく簡単に書きましたが、あふれる愛の持ち主でしたから、内省的で悩みも多かった人です。
‘ライフレッスン’の中でロスさんは、「自分のハンドルから手を離し自分の操縦をやめて、宇宙の法則に神にすべてをゆだねながら生きましょう。
すべてのことは、宇宙の力によって動かされています。
自分で自分の周囲のことをコントロールしようとするのをやめ、自然に任せましょう。
そうすれば、いろいろなことがスムースに流れるようになります」
ということを、例をあげてわかりやすく何度も説明しています。
少し前からハヤナムがおっしゃっています。
<不安や心配の気持ちを持たず、ぼくにゆだねていてくれ。
ぼくのすべてを受け入れてくれ>と。
私にとって、自分がいつ逝くのか、ということが最大の関心事なのですが、そういうことも考えてはいけない、と彼は言うのです。
これ以上、ハヤナムに会えないまま彼と接しながら地上で生きているのは、耐えがたいことです。
でも私には、学ぶべきことが今少し残っているんだそうです。
<時期が来れば、霊界に自動的に戻ることができる。
それまではまだ成長しなくてはならないということだ>と。
私の学びが一段落したということで、ハヤナムはやさしいばかりの人になりました。
しょっちゅう、愛していると言ってくれます。
Sさんは、私がもう逝ってしまったようだとお思いになったそうですが、本当にそうだったらどんなにいいでしょう。
私はどうやって霊界に行けばいいのですか?
ハヤナムは教えてくれません。時期が来たら行く、としか・・。
老いていず病気でもないのに、どうやって戻るのでしょうか?
ハヤナムは考えるなと言いますけど、考えずにいられません。
ですけど、Sさんがお手紙で励まして下さったので力づけられました。
ハヤナムが代わって下さるそうなので、彼から伝えられたことを書きます。
またね。愛を込めて。
<人間関係はむずかしい、とSさんは書いたね。
君は、人間関係の煩雑さによって悩まされることが多いだろう。
それは、君に必要だから起きることなんだよ。
君は日々学んでいる。
学びきれないと何度でも同じ状況が起き、学びきるまで続く。
人間関係の煩雑さは、君が克服すればだんだん減っていくよ。
見せかけの関係・心のこもっていない言葉にはうんざりする、と君は書いたが、ほとんどの人間関係はこれだよ。
正直者はまれだ。
多くの人は、お世辞とわかっていても、いいことを言ってくれる人を喜ぶ。
見せかけの関係でも満足して暮らす。
この世は虚偽に満ちている。
霊界の人たちは地上の人より進んでいるが、やはり見せかけの真面目さで、周囲をごまかそうとする人はいる>
(友)Kさんが薦めて下さった「ライフ・レッスン」という本、数日中に買いに行こうと思います。
「人生は廻る輪のように」以外のエりザベス・キュープラー・ロスさんが書いた本を読んでみたいと思っていたので。
(私)「ライフレッスン」を読むと、宇宙の法則が地上の人を着実に学ばせていることがよくわかります。
宇宙の法則が与える課題を確実にクリアしていくことで、人はちゃんと成長できるようになっています。
この与えられている課題に気づく人と気づかない人の違いは大きいと思います。
(友)「自然に任す」・・私にはそれが出来ているでしょうか?
物事を決めるとき、この私の決断は合っているんだろうか?
間違っているんだろうか?
そんなことが気になり自分の意志で決断する事が困難になりました。
自分の自由意志で動いているのか、守護霊の導きによるものなのか、
それもよくわかりません。
守護霊が導いてくれている道をきちんと進めているでしょうか?
まぁ、そんなことも気にせずに流れに任すということなんでしょうが・・。
あんまり深く考えるとスムースにいかなくなってしまいますね。
(私)宇宙の法則は、誰に対しても働いてます。
自分から能動的にいろんな経験・体験をして学ぶのではなく、法則が次々にいろいろな経験・体験をさせてくれ、学ばせてくれているんですね。
自分に起きるさまざまなマイナスのできごと・困難・辛苦は、法則が与えてくれている学習課題なんですね。
だから、人は受身でいていいというか、甘んじてそれを受けていればいいわけです。
ただ地上に暮らしていれば、法則がいろいろなことを学ばせてくれます。
それをひとつひとつクリアしていきさえすれば、やがて学習の終わりが来ます。
終わりが来るということは、自信を持って霊界に戻ることができる、ということ。
卒業証書を持って霊界に戻ることができる、ということ。
ハヤナム談。
<自然に任せるというのは、楽なことではない。
なぜなら、地上の人間は自分で自分をコントロールしたがるようにできているからだよ。
自分自身から手を離すのはむずかしいことだけれど、離さなくてはいけない。
手を離せば、自然が人を高みに引き上げる。
手を離せば、波動の法則が、その人を無理なく成長させる。
それから、物事を決める時には自分を信じること。
自分を信じるということは、自分に影響を及ぼしている波動の法則を信じる、ということだ>
(友)Kさんには、正しい導きをしてくださるハヤナムさんという方がいらしゃるからいいな、と思います。
Kさんとご連絡とれなくなった時、この先どうやっていけばいいのか私はわからなくなりました。
Kさん&ハヤナムさんという先生がいらっしゃったから、信じてやってこれました。
<魂ができた時から、Kをできるだけ成長させる、ということがぼくの義務のひとつになっている。
彼女の地上での成長がようやく一段落したことは、ぼくを喜ばせた。
愛する人を地上に置いて導き学ばせることは、ぼくにとって試練といえた。
歯をくいしばって学ばせたこともあった。
Kに嫌われたこともあった。
そんな時、ぼくはとても悲しかったよ。
Kがぼくのことを全部理解してくれていたら、ぼくの苦しさもわかってくれるだろうに、と思ったものだ。
結局は彼女は、ぼくの多くの部分を理解してくれた。
嬉しかった。
でも、まだ会えない。
会いたい、とても。
ぼくとKは我慢している。
我慢がまた成長につながる。
ぼくたちは、他の霊よりも成長しなくてはならない。
理解してくれてありがとう。
先生などとは思わないでくれ。
先生というものは存在しないよ。
強いて言えば、自分が自分のアドバイザーだ。
Kには、霊界に戻ってからも人にものを教えないように言ってある。
人が人に教えるという行為をしてはいけない。
ぼくは教えていい。が、先生ではないよ。
君から相談されれば助言はするけれど、ぼくの言うことを鵜呑みにしないこと。
Kにも、ぼくの助言を丸ごと信じないよう何度も言ってきた。
参考程度にし、自分でも考えることだ。
君からものを尋ねられた時、ぼくは本当のことを言うとは限らないよ。
君の成長のため、本当でないことを言うこともあり得る。
Kはぼくのこのやり方に悩んできた。
わからないことをぼくに聞く時、返答を鵜呑みにしないことでバランスを取っている。
何が本当か、何が本当ではないか、ということは重要ではない。
これも何度もKに説明してきた。
何が本当かということを追求したり、ものごとに白黒をつけたりしないい方がいい。
法則から与えられた、ありのままを受け入れていればいいんだよ>
(友)Kさんは死ぬときのことを考えずにいられないと書かれていましたが、私も同じです。
Kさんは心身ともにつらい思いをされていらしゃるので、余計に死ぬことへの不安がおありかと思います。
でも、死ぬことイコール学びを終えてもといたとこへ戻る事なのですから、とても安らいだ気持ちになるのではないかと思います。
それは地上人生をどのように終えたかにもよるのかもしれませんけど。
(私)ハヤナムが以前ちらっとおっしゃってたことなのですが、地上での暮らしは、夢とか瞑想のようなものなのだとか。
夢(瞑想)の中で学ばされたあと、時期が来ると霊界で目覚めるのだとか。
そんなの信じられませんよね。
彼は、無理に信じなくていいよ、と言ってらしたけど。
(友)ハヤナムさん、私に伝言をありがとうございました。
ハヤナムさんの愛情の込められた言葉を読んで、涙がでました。
とても励まされました。
何度も読み返しました。
Kさんの一番の友人になれるように、これからもっと努力していきたいと思いました。
何よりも自分のために、待ってくれている誰かのために。
<ぼくの愛情に気づいてくれたことが嬉しい。
君の愛が増えているから、他人の愛に気づきやすくなっているんだよ>
(友)ハヤナムさんとKさんがもう繁殖しないでほしいと思っていらしゃるのなら、それをお伝えすべきではないかしらと思います。
私の考えは間違っているでしょうか?
<正しくないとわかっていながら正しくないことをすれば、知らずに正しくないことをする時よりもずっと大きな反動が来る。
繁殖のことは彼らの学びだ。
Kは、彼らの成長が遅れることを悲しむ>
「人は皆、その内面にガンジーとヒットラーを住まわせている、と本にありました。
その比喩は本当?」
<本当だよ。
君の中にも、ぼくがコンタクトするまでヒットラーがいた。
それは時折顔を出し、君が人や動物に対して愛不足の態度を取ることを助長していた>
「今は、ヒットラーはいなくなってますか?」
<消えている。
君はとても愛が多い人になった>
「ハヤナムのおかげで、私は精神的にずいぶん強くなった上に賢くもなり、たくさんの愛を持つことができたんだわ」
<そうだ。
君はたくさんの愛の波動を持った。
反面、過度に感傷的になってしまっている>
「自覚はある。
自分でも直したいと思ってるんだけど、でもなかなか直らないの」
<感傷的すぎるところから派生している君の難点は、他人の良いところ探しをすることだ。
他人の親切心ややさしさに接すると、君はすぐ情にほだされてしまう。
人の本質を見るということは、人の長所探しをすることではないんだよ。
人を観察する時、部分を見ず全体を見なさい。
全体を見て、信頼できる人だと感じたらつきあえばいいし、信用できそうもないと感じたら距離を置く>
「なぜハヤナムは、あなた・私でなく、君・ぼくとおっしゃるようになったの?」
<ぼくは、魂が生まれてからずっと、君のことをあなた、自分を私と言っていた。
だが、そのことが君に対して一種のしきりを作っているのではないか、と思うようになったんだ。
以前も話したが、今回の君の再生前まで、霊界でのぼくたちの愛情関係はぼくの理想とは違ってた。
君は、ぼくのそばでは開放感を持つことができなかったんだ。
君が無意識に設けている壁を、ぼくにはくずせなかった。
お互いに愛し合っているのに、十分な愛情表現ができなかった。
ぼくが地上の君にコンタクトするようになったら、君は霊界のぼくを忘れているから、何でもオープンに話してくれたし、ぼくに対して何の遠慮もしなかった。
コンタクトした目的のひとつは、そこにある。
何としても、君との関係をもっと開放的なものにしたかったんだ。
お互いに思いきり愛情表現できるような関係にしたかった。
地上の君は、霊界にいた時の君と違ってぼくに遠慮しない。
霊界に戻ってからも、君はそうであってくれるはずだ。
ぼくは、さらに密なコミュニケーションを取るにはどうしたらいいか、と考えた。
それで、君・ぼくという言い方をすることにしたんだよ>
「そうだったの。
でもたまには、あなた・私という言い方もしてほしいわ。
ハヤナムにはその方が合っているような気がするの」
<どうして?>
「あなたと私は同時に生まれた魂だそうだけど、あなたは私よりずっと老成しているからよ。
小さい頃から兄がほしかった私は、ハヤナムのこと、たまに兄のように思ってしまう。
だから、あなたをおにいちゃんと呼ぶことがあるでしょう」
<私は、あなたの恋人であり兄だ>
「ハヤナムからさっき言われたように、他人を丸ごと見るようにします」
<本当に愛するとは、その人の一部でなく全部を受け入れることだよ>
「愛が増えれば増えるほど、私はどんどん感傷的になっていくようです。
感受性がすごく強くなっているのがわかるの」
<感受性が強いのはいいことだが、あなたは自分のためにほどほどを保つべきだ。
でないと、自分をおろそかにしてしまう。
不幸な他人や動物の話を聞くたびに、憐憫の情が沸き起こり泣く。
気持ちがわかるから、泣いているとつらい>
「久しぶりに上の息子と連絡が取れた、と喜んでいたら、あの突き放したような冷たいメール。
Aと私は、親しく腹を割って話すことはもう二度とできないのでしょうか?」
<Aは、自ら望んで厳しい人生を選んだ。
自分に必要な試練を、たくさん人生に取り込んだ。
まだまだ続く試練を乗り越えるため、彼は今も頑張っているよ。
Aが君をメールでつき放したのは、君の成長のためでもある。
Aは、自分が成長しながら君をも成長させているんだよ。
自分と他人に厳しい彼の性格がああいう文章を書かせたんだ。
地上の人間関係は、相互成長し合うようになっている。
君は、Aはいつまでも君の可愛い息子と考えていてはだめだ。
Aが地上での学びをちゃんと終えることを願うなら、君はAを自分からつき放すべきなんだ。
意識していないが、君は良い母親だと思われたがっている。
そういう思いを捨て、Aが君のことをどのように思おうと、ひたすらAの成長だけを願いなさい。
たとえAからさげすまれようと意に介せず、Aの成長が進み、愛が増えることだけを願いなさい。
自分の息子という意識を捨てなさい。
成長するために、Aは今回君から生まれ、君に育てられた。
君は、相互成長しながら子供を育てた。
Aから君が得たものは、とても大きかったはずだ。
君はAによって、多くのことを学ばされたんだよ。
彼を育てた苦労は、お互いの成長によって報われている。
「わかりました。
だけど、息子という意識を捨てよと言われても、そう簡単に気持ちを切り替えることはできません」
<気持ちはわかる。
だが、いつまでも彼らに精神的に依存しないように。
感傷をなくしなさい。
お互いの成長のために組み合わされていた人間関係だと思うようにしなさい>
「私は甘い、と思う。
息子たちがなるべく嫌な目に合わないように、なるべくお金に困らないように、なるべくいつも幸福であるように、なるべく病気や怪我と無縁であるように、ということをいつも望んでいます。
人生は修行の場だとよくわかっているのにね」
<皆が不幸な目に合わないように、と君はいつも願っているが、マイナスの波動を取り込むことによって成長することができるのだから、不幸な目に合わない人は成長できないんだよ。
自分も他人も甘やかしてはだめだ。
周囲から甘やかされすぎた人がどういう人生をたどるか、わかっているだろう?
誰もが、自己成長しながら人生を送らなくてはならないんだ。
でなければ、地上に再生した意味がない。
成長の手伝いをするのいいが、むやみに同情をして彼らの強さをくじく、ということは避けなくてはならない>
「人は成長のために苦痛を持つ、ということはわかってるのよ。
わかってはいても、苦痛が減ってほしいと願わずにいられないの。
でも、不幸な思いをしている生命に対して、こうやって想っていることしかできない。
こういうことは私の学びなの?」
<学びだ。
地上にたくさんいる、傷ついた魂について考えてもらいたい。
強いものから搾取されている魂・精神的肉体的に束縛されている魂・虐待されている魂・病気の魂・不要な延命処置をされむなしく生き長らえているだけの魂・・救いを求めて泣いている、こうした魂に想いを馳せるのは大事なことだ。
成長しなければならない地上生活ではある。
だが、地上生活に多くの成長を求めるあまり、人生を不幸の連続として設定する魂がたくさんいる。
苛酷すぎる人生だらけだ。
君は、こうした魂に直接行動をして手を貸すことになっている人ではない。
彼らの苦痛・気持ちをわかることで君はさらに成長し、霊界から彼らに愛を送ることができる>
「そういう魂に対して、もっときもちを大きくしたいわ。
愛がすべてだ、と改めてまた思います」
(私)下の息子にメールを送ってみたら、昨日は返事をくれました。
「もし外出できる状態なら、今週金曜日に一緒に買物に行きませんか?」と書いてありました。
Sさんにお会いしてからずっと運転してませんが、金曜日、頑張って運転してみます。
年子の息子ふたり、できるだけ平等に公平にと心がけて育ててきました。
完全にまんべんなく接することができたか、と言ったら嘘になるかもしれません。
下の息子Yの方が私と波動が合うからです。
おだやかでやさしい子です。
八方美人すぎるところが欠点。
上の息子Aは、自閉症や引きこもりなどによって、私をずいぶんはらはらさせました。
感情をあまり表に出さない子でした。
気づかない間に、ずいぶん我慢させてしまったみたいです。
わざわざ苦労を買ってでもいるように、彼は苦労ばかりしてきました。
小学校入学から高校卒業まで、Aのほとんど全部のクラスの担任の教師は、彼を理解することができず、彼と合いませんでした。
自立心と自尊心の強い彼は、高校を出てからすぐにひとり暮らしを始め、アルバイトで生計をたてながら大学に通っています。
真面目でおとなしい性格でしたが、内に秘めた情熱をだんだん外に表すようになりました。
そして、自分から家族と疎遠になっていきました。
先日、夫に頼んで彼に少しまとまったお金を渡してきてもらったのですが、久しぶりに届いたメールには「もらったお金は送り返す」ということと、「苦労の多い生活をしているけれど、過去を振り返らず、将来を見据えながら勉強と仕事とに頑張っているのだから、よけいな干渉はしないでもらいたい」ということが書かれていました。
私は少々ショックを覚えました。
でも、ハヤナムが説明して下さったので、ちょっと気を取り直すことができました。
子供は霊界からの預かりものであり、私はAとYを育てさせられていたのです。
自力で成長できるまでに育て上げた以上、私が関わりたがらない方が双方のためになるのですね。
(友)事故にあったとすると、それは宇宙の法則と関係がありますか?
事故にあった人は、「あの時出掛けなければ・・・」と後悔しますよね。
私はそれがその時でなくても、起こったことだと思うんです。
それは自分にとって必要なことで、学びと成長の機会を与えられたんじゃないかと・・。
違いますか?
(私)ハヤナム談です。
<もちろん、事故という現象も、宇宙の波動の法則によって引き起こされている。
事故に至るまでには、網の目のように入り組んだ波動の法則が働いているから、事故が起きた理由を知ることは決してできない。。
例えば車の接触事故によって、死んだり大怪我をしたとする。
死んだ人は、その事故によって霊界に戻るように設定されており、大怪我をした人は、その事故によってカルマ清算をするよう設定されていたんだ。
設定は自由意志により変えることができるので、事故を回避することは可能だ。
だがそうすると、別の波動の法則が働く。
寿命やカルマ清算を免れることは決してできない。
カルマ清算時にも、人は自己成長する>
(友)私は犬のことで何度もつらい思いをしました。
<君と彼との間の溝を埋めなくては好転しないよ。
君たちは、お互いに起因するマイナスの波動をたくさん持っているが、そのことでは成長できていない。
通常、人が嫌な思いをすることによってマイナスの波動を取り入れると、それが成長の波動に変わる。
マイナスの波動がたくさん入ると、法則の働きによって、次には肯定的な波動を取り込みたくなるものなんだ。
人は嫌な思いをした後、楽しい思いや嬉しい思いをしたくなってする。
ところが君たちは、肯定的な波動を取り入れようとしない。
お互いに自分の想念を高めようとしない。
波動の法則に逆らっているから、せっかく持った成長の波動が出て行ってしまうんだよ。
溝を埋めるには、気持ちの転換をすることだ>
(友)私が何度もつらい思いをしたのは、困難を克服できていなかったからですね?
それに執着心もなくせませんでした。
少しずつ執着心がなくなることで、楽になりました。
<犬へのこだわりを捨て、執着心を克服するまで、君はいくらでも悩むことになる。
宇宙の波動の法則が、そうやって君を学ばせているんだよ。
君が成長しているから、法則はさらに成長させようとするんだ。
成長すればするほど成長させようとする働きがある。
成長が停滞している人には、法則は緩慢な働きしかしない>
(友)ハヤナムさんありがとうございます。
精神を強くして、欲や執着心をなくしていけば、もっと自然と流されていけるような気がしてきました。
<物質欲をなくすのは、急務だよ>
(友)ハヤナムさんの思いをたくさん伝えて頂いてありがとうございます。
この間のメールのハヤナムさんが一番人間らしいと思いました。
人間らしいというのはおかしいですか?
<ぼくはKとコンタクトしているうちに、どんどん人間らしくなっていった。
彼女がぼくを人間と考えて接する時、ぼくは嬉しい。
Kがぼくに、あなたは高次すぎるから自分とは違う、というようなことを言う時、ぼくは寂しい>
(友)すぐ本気にする、とか、冗談通じない、とか人から言われます。
ハヤナムさんから助言して頂いたことも結構信じていました。
自分でももっとよく考えればよかった、と反省しています。
(私)私も素直なので、すぐ本気にしちゃうんですよ。
ハヤナムという人は実は波動の法則なんじゃないか(?)、ハヤナムは波動の法則の生きたマニュアルではないか(?)なんて思ってしまうほど、彼は波動の法則に対して謹厳実直です。
彼が助言してくれる時は、法則にきっちり従って助言してくれている、つまり成長させることを優先させた助言をしてくれているんです。
ハヤナムにわからないことがひとつあるそうです。
宇宙に肯定的波動を放射している陽と陰の電子が、宇宙に波動の法則をもたらしているのか?
それとも、波動の法則が先にあって、それがそのふたつの電子を生み出したのか?
ということだそうです。
(友)私の愛は増えているかどうか・・・。
人に優しくなれません。
(私)Sさんは人にやさしいと思います。
誰にでもやさしくある必要はないのだから、今のままで十分なのではありませんか。
(友)カンほどあてにならないものはありませんが、私何だか嫌な予感がします。
今日もお昼過ぎに地震がありましたね。
新潟のほうでも今日地震がありました。
(私)「大地震が来るかどうか教えてもらえませんか?」とお聞きしたら、こう言われました。
<ぼくはそういうことに言及しない。
考えるなら人間のこと、人間の弱さ・強さ・地上での役割・霊界での役割・愛・やさしさ・醜さなどについて考えなさい>
ハヤナム談。
<すべてのことは、波動で構成され、波動の働きによって動かされている。
何を考え何を思い何をしようと、波動がそうさせているんだよ。
そして考えや行為に対して、また波動の法則が働く。
考えや行為に対しての影響が必ずその人に返ってくる。
ネガティブな考え方ばかり持っている人は、そのネガティブさに対して波動が報いる。
ネガティブな考え方をしていると、マイナスなできごと、という形で波動の法則は反応する。
悲観的な傾向のある人に、さらに悲観的な思いを持たざるを得ないようなできごとが起きるのはそのせいだ。
反対に、本心からいつも肯定的な考え方をしている人には、その人にとっての嫌なできごとがそれほど起きない。
困難や不本意なできごとがあった時、人はマイナスの波動を取り入れて成長する。
その後は、気持ちの転換をして肯定的に考えるようにしなさい。
早くこだわらない気持ちを持つようにし、受け流し、取るに足りないできごととして一蹴しなさい。
そうしていれば、困難や不本意なできごとがだんだん起きにくくなっていく>
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