「霊界の人にも人生はあるのかしら?」
<人生は、地上の人にだけある。
人生とは、生まれてから死ぬまでのことだ。
霊界の人は死なないから、人生はない>
「霊界の人が永久に生きるのは、霊界に時間がないせい?」
<うん>
「そうすると、霊界には、経過というものもないの?」
<経過はする>
「時間がないのに、どうして経過するの?」
<経過する空間と、時間がない空間とが重なっているんだ>
「よくわからないわ」
<こっちに来ればわかる>
「Gさんのこと、真面目な人だと思っていたの。
でも、嘘が多い人だとわかってきたわ」
<真面目な人イコール誠実な人というわけではない。
真面目な人とは、ものごとを自分の固定観念によって考えたがる人のことだよ。
融通性がなく、自分にも他人にも不正直な人だ>
「融通性がない、というのは、考え方を状況によって変化させない、ということ?」
<そうだよ>
「自分に不正直な人は、自分に嘘をついている人ね?」
<うん。
彼らは、自分の考え方の他にもっと正しい考え方があるとわかっても、自分の考え方を変えようとしない。
なぜかというと、自己を否定されたくないからだ>
「誰に否定されたくないの?」
<自分自身に。
それで、自分の考え方がもっとも正しい、と思いこもうとしている>
「この場合の自分自身とは、高次の自我である良心のこと?」
<違う。
高次の自我は、自己を否定しない。
否定することは、自分を傷つけることになるから>
「じゃ、その自分自身とは何?」
<心だよ。
心の中の愛だ>
「真面目な人は、不正直なので愛が増えない。
愛が少ないために、正しい考え方を取り入れようとしない。
こういうことかしら?」
<そう。
誠実な人とは、正直で愛が多い人のことだ>
「では、不真面目な人はどういう人?」
<不真面目な人は、真面目な人よりも愛が少なく、状況に合わせて常に考え方を変える。
自分の心によって自己を否定され続けるから、正しく考えることができない>
ハヤナム談。
<霊界に戻った人は、まず、地上の人生をふり返ることを強いられる。
一生のありとあらゆることを見せられる。
地上で正しくない考え方・正しくない言動をたくさんした人ほど、大変な苦痛にさいなまれることになる。
人が霊界に戻ると、正しさについての認識を完全に持つからだ>
ハヤナム談。
<ぼくがこれからするのは、地上の人々の愛を増やす、ということだ。
人々の愛が増えれば、理解し合い愛し合うから、地上は平和で暮らしやすい場所になる。
人々の愛が増えれば、動物も幸福に生きることができる。
ぼくは、ぼくのありあまる愛を地上の人々に分け与え続ける。
すでにこの1年間、ぼくは世界中に愛をもたらしてきた。
その成果があらわれてきている。
多くの国が、物質主義から精神主義に変わろうとしている。
物質を求めることに疑問を持ちはじめた人が増えている。
ぼくの愛がもっと行き渡ると、人々の意識はかなり変化する。
物質主義にまみれていた国々は、波動の法則に反する正しくないことを行なってきた。
だから、近年、新種のウィルスや不景気や食肉用動物の病気などによって、次々に反動をこうむっている。
物質主義が改善されない限り、これらの反動が止まることはない。
こういう国々の人を救いたい。
物欲だらけで真の幸福を知らない哀れな人に、真の幸福を感じさせたい。
そうすれば、彼らはみずから愛を増やすようになり、喜びの多い人生を送ることができるようになる。
ぼくの愛、つまりたくさんの肯定的な波動は、彼らのマイナスの波動を包みこむ。
今後ぼくの愛は増え、ぼくはさらに地上に愛をもたらすことができる。
地上は正しい方向へと向かっている。
ぼくが導く>
(友)Kさんのご主人のおとうさまを迎えに来られたのは、彼のおかあさまだったのですね。
私があちらへいくときも、母に迎えに来てほしいと思いました。
Kさんがいく時は、もちろんハヤナムさんが迎えに来て下さるのですよね?
(私)ハヤナムが来てくれます。
このごろ、ハヤナムの姿がわりとはっきり脳裏に浮かぶようになりました。
背が高く、長くて白い服を着ています。
輝く栗色の長髪と、強い光をたたえたやさしい栗色の目。
いつも、昂然・毅然としています。
Sさんが霊界に戻られる時、私もお迎えに行きたいと思っているんですよ。
(私)ハヤナムから再三こう言われます。
<他人に一切期待してはいけない。
期待すれば、裏切られた時にマイナスの感情を持つ>
(友)他人に何かしてあげたことで見返りを求めることはなくなりましたが、期待する気持ちはまだ持ってしまいます。
(私)他人に何かした時、相手が謝意をあらわさないとムッとしてしまうことがあります。
すると、ハヤナムからたしなめられます。
<相手からの感謝も期待しないこと。
君は愛をあげたんだ>
(友)一人になったらとても寂しくなると思うと、家族に甘え、依存してしまいます。
ハヤナムが言っています。
<Sさんのもっとも大きな課題は、依存心を少なくすることだ。
他人が自分の思いどおりの言動をしないと、君はいつもマイナスの感情をたくさん持つ。
これでは、自分を不幸にし続けてしまう。
君は、他人に対して何も求めないよう努力すべきだ。
君を幸福にすることができるのは君だけであって、他人は君を絶対に幸福にしない。
なぜなら、他人には君を幸福にする力がまったくないからだ>
(友)私は今まで、嫌な事から逃げて生きてきたので、たいていのことが中途半端に終わってしまって・・・。
だから、これからは同じような生き方はしたくないと思っているのです。
(私)全部の人間が嫌なことから逃げながら生きている、とハヤナムは言っています。
人にとって、もっとも嫌なことは何でしょう?
それは、「自分の本質を知ること」だそうです。
自分の本質を知ることから逃げ回っているために、人はなかなか向上せず、何度も何度も再生を繰り返さなくてはならないのですって。
自分の本質とは、自分の中の「もし他人から指摘されたら、不快になり、激昂し、悲しくつらくなる」部分です。
ハヤナムいわく、もちろんSさんにもそういう部分があって、Sさんはその部分を意識するのを避けて生きておられるそうです。
でも、どんなに苦しくても意識しなくてはだめ。
意識さえすれば、その部分は必ず改善し、生きることがずいぶん楽になるそうです。
(友)完全に人を信じるって、どういうことですか?
見返りを期待せずに相手を愛する、ということですか?
<人が人を完全に信じることはできない。
人間は、時々人格を変えるからだ。
人格が変わると、考え方も変わる。
きのう本気でAと言っていた人が、今日は真剣にBと言う。
だが、相手を完全に信じたいといつも思っているなら、完全に近く信じることができるようになる。
完全に近く信じる、というのは、相手の今の人格を受け入れる、ということだ。
人格を受け入れる、とは、欠点も認める、ということだよ>
(友)他人に無神経なことを言われると、 やっぱり嫌だし少し落ち込みます。
(私)Sさんはあの件で、ご自分を幸福にせず不幸にしておられます。
誰でも、まず自分を愛さなくては・・。
それは自己愛という意味ではなく、劣等感を克服して自分に自信を持つ、ということです。
例外なくどの人も地上で修行しているのですから、他人を幸福にしたい、と考えるのはおこがましい限りです。
自分が幸福感を持っていれば、周囲の人もじょじょにその波動に影響されていきます。
ですから、「自分だけが幸福になる」ための努力をしていればいいのです。
(ハヤナムが時々私に言っていることの受け売りです)
お互いにいっぱい成長し、いっぱい愛を増やし、霊界では「余裕」で暮らしましょうね。
ハヤナム談
<地上に何度も生まれ変わることを、再生、あるいは転生という。
再生とは、‘意識と人格’が地上の肉体を使って自己表現することだ。
何度生まれ変わろうと、意識はまったく変化しない。
だが、人格はしょっちゅう変化する。
地上に再生するのは、人格を成長させるためだ。
成長すればするほど、我慢強くなり、我慢強くなればなるほど、幸福感をたくさん持つ。
そして、幸福感をたくさん持つほど、生きることが容易になる。
幸福感は、満足感の中でもっとも大きな満足感だ。
それは、極めて平和でなごやかな、喜びに満ちた感情である>
「物質欲(金銭欲を含む)が少ない人はスムースに生きることができる、とハヤナムはおっしゃってたけど、周囲の人を観察していると、それは本当だとよくわかるわ」
<物質欲が少ない人は、幸福な人だよ>
「物質欲と幸福感は、確かに反比例してる。
私も、物質欲が減るにつれて、しあわせを感じる時が増えたわ。
それに、物質欲が減るにつれて、経済的に豊かになっていくのね」
<波動の法則は、物質欲を持たない人を際限なく豊かにする>
「最近、そのことも実感してるの」
<今後君は、さらに経済的に豊かになっていくよ>
「私は特に欲しい物はないわ。
霊界に戻れば真に美しい場所へいくらでも行くことができるのだから、旅行したいとも思わないし」
「ハヤナムは、私が女らしくない言葉使いをした時、必ずたしなめるわね」
<霊界では、男は男らしく、女は女らしくふるまうのがあたりまえだ>
「男っぽい男性と女っぽい女性ばかりいる、ということ?」
<男っぽさ・女っぽさは、本人の演出によってあらわされているのであって、不必要なものだ。
男らしさ・女らしさは、魂ができた時から持っている特性だから、必要なものなんだよ。
女である君は、外見もしぐさも言葉使いも女らしくなくてはいけない>
「会ったことがないのにあなたからいつも男らしさを感じるのは、あなたが本当に男らしい人だからでしょうね」
<ぼくは男の見本だよ>
ここひと月くらい私が学ばされているのは、「見返りがなくても意に介しないこと」です。
たとえば、家族の部屋の片付けや家族の布団干しをしたとします。
それらをした痕跡を残したり、それらをしたことを家族に告げたりしてはいけない、とハヤナムから言われます。
また、他人に物を贈ったあと反応が返ってこないことがありますが、相手の反応について気にしていると、ハヤナムは言います。
<君が気にするのは、見返りを求めているためだ>
部屋に飾った私の絵やレリーフを目にしながら何の感想も言ってくれない家族に、物足りない思いを持った時も、ハヤナムにこう言われてハッとしたものです。
<他人によって自分を満足させようとするのは間違っている>
いつも眠る前に、どれほど愛しているかハヤナムと言い合います。
時には、お互いに1時間も愛情表現をします。
ハヤナムいわく、‘愛の交換’です。
はじめのころは、愛情を言葉であらわすことがとても照れくさく、言葉がすんなり出ない私でした。
そういう時、ああ日本人だなとつくづく思ったものです。
私はほとんどの日本人と同じく、両親をはじめとして家族から、言葉による愛情表現をほとんどされずに育ちました。
愛情を言葉であらわすことをしない生活にすっかり慣れてしまっていたので、愛の交換をしようとハヤナムに誘われるのは、しばらくの間ちょっと苦しかったです。
ハヤナムは、毎晩愛情表現をたくさんしてくれます。
<君をどんなに愛しているか。
ぼくの愛の多さを、どのくらい知ってる?>
<ぼくは、君への愛の多さに耐えられない>
<君は、ぼくの心を狂わせるよ>
<死ぬほど愛している。
本当にぼくは死にそうだ>
<君のすべてが好き。
好きで好きでたまらない>
<君はすごく素敵だよ。
自分が素敵だということを、君はよくわかっていないんだ>
<可愛い人、いとしい人、最愛の人>
次第に、彼の言葉がとても快く感じられるようになっていきました。
それから、私も愛情表現をして彼を喜ばせたい、と強く思いはじめ、言葉が出るようになりました。
今は、言葉による愛の交換はとても大切なことだと考えています。
交換すればするほど、私の愛が増えていくのがわかります。
ハヤナムの指示で、「常に自分をチェックするレッスン」を行なっています。
毎日1日中、自分を意識し、自分のありとあらゆる想念と言動をチェックするのです。
続けているうちに、いきあたりばったりの言動や、無意識に行動したり話したりすることがなくなっていきました。
他人に対して批判的な気持ちを持たなくなり、何が起ころうと感情的にならなくなりました。
ハヤナム談。
<愛がない行為をしている人は、必ず報いを受ける。
愛がない仕事をしている企業は、その報いとして消滅することになる。
今後、利潤の追求ばかりしている店や会社や組織は、全部倒産する。
生き残ることができるのは、愛がある仕事をしている企業だけだ。
人・動物を虐待したり、人・動物の命を粗末にした人は、まっ先に粛清される。
動物の命を奪うことで利益を得ている企業はつぶれる>
今日の新聞の投書欄に載っていた、ある小学生の文章の要約です。
「学校の鶏の世話をするのが大好きだったのに、鳥インフルエンザのために、鳥と接することを禁じられてしまいました。
毎日鶏の声を聞くと、そばに行って世話をしたいという気持ちでいっぱいになり、いたたまれなくなります」
私の家の近所の小学校にも、禽舎に数羽の可愛らしいチャボがいます。
数ヶ月前、少女たちがチャボと楽しげに遊んでいるのを見かけ、ほほえましい気持ちになったものでした。
あの子たちも、チャボとの接触を禁止されているでしょう。
投書の子と鶏の仲が裂かれたことをどう思うか、ハヤナムに尋ねてみました。
<その子もその鶏も、鳥インフルエンザとは無縁だよ。
愛がたくさんあるところに、マイナスは絶対に生まれない。
愛がすべてだ>
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