安楽死させるべき、犬・猫・うさぎ・フェレット・リス等のペットについて。
生まれつきでなく、途中から両目とも失明状態になった子。
途中から、ほとんど失明に近い状態になった子。
生まれつき、後ろ半身が不随な子。
途中から、怪我や病気のために後ろ半身が不随になった子。
生まれつき、両前足を使うことができない子。
途中から両前足を使うことができなくなった子。
生まれつき、這わなくては移動できない子。
途中からそのようになった子。
ほとんど全身が皮膚病になった子。
ほとんど全身にやけどを負った子。
痴呆症になった子。
生まれつき、脳に重度の異常がある子。
途中から脳の病気になった子。
(ノイローゼは含まない)
肉体的・精神的苦痛が継続する生活を強いられている子。
ハヤナム談。
<こういう子は、人が思うよりもずっと生きていることが苦痛だ。
このような状態の動物は、同じ状態の人間よりも大きな苦痛を持つ。
本能は生きる方向に向いているけれど、霊体の意識は、早く死ぬことを切望している。
死なせてあげることによって、彼らの霊体の意識は、喜びと安らぎと幸福感に満たされる。
人間の一方的な温情によって生き長らえさせることは、かえって彼らの苦痛を長引かせるだけだ>
(友)Kさんとご主人とは、今は友達のような関係なのかしら?
Kさんが異性として愛しているのはハヤナムさんですから。
ご主人とは、何でも話せる友達ですか?
(私)‘インディアンの教え’の本に書かれていたことです。
「家族に対して服従を求める人がいる家庭は、非常にバランスの悪い不健全な家庭だ。
こういう人がひとりでもいると、家中の誰も幸福になれない。
家でいばりたがる人は、外で自分の名誉心を満足させることができないという理由で、不幸感にさいなまれている。
この人は、自分を愛せないから他人も愛せない。
人間は、自分を愛するのと同じだけしか他人を愛することができないものである」
私は、本当にそうだと断言します。
成長の度合いが少ない人は、愛をたくさん持つことができません。
自分も他人も愛することができないために、いつも不満の感情を持っています。
が、自分が不幸であることを認めたくないので、自分は幸福だと思うために、名誉欲や物質欲(金銭欲を含む)を満たそうとします。
でも、それらを満たすことができたとしても本物の幸福感を得ることはできず、悶々と苦悩し続けます。
長い間に、苦悩を乗り越えながらちょっとづつ成長し、愛を増やしていきます。
そして、成長が進み愛が増えるにしたがって、幸福は名誉欲や物質欲を満たすことによってもたらされるものではない、とわかります。
だんだん自分と他人を愛することができるようになり、他人からも愛されるようになります。
本物の幸福感を持つ時間が増えていきます。
「自分は達観することができている」と感じることが多くなります。
すべての人が、このような過程をたどって進化するそうです。・・
私の夫は家でいばりたがる人でしたが、成長し愛が増えると、亭主関白を返上しました。
言動がとてもやさしくなりました。
夫はひとりで進化したのではありません。
息子や私という家族の影響も受けています。
息子や私が、夫の欠点をも受け入れようと努力したことによって、夫はさらに愛を増やしたのです。
愛が増えた夫が、息子や私に対して真の愛情を持つと、息子や私の愛ももっと増えていきました。
家族みんなで愛を増やし合っていくことができるのは、本当に幸せなことです。
私にとって夫は、何でも話せる友達のような存在になっています。
少し前まで、夫はハヤナムに嫉妬心を抱いていたのですけど、今の彼はハヤナムを尊敬しています。
ハヤナムと私との愛情関係を祝福しようと努めてくれているのもわかります。
(友)黄色の部屋って、暖かい感じがして素敵ですね!
ウチの壁は白に近い灰色ですので、寒い感じがします。
(私)あの部屋も、元は白っぽい灰色の壁だったのですけど、黄色い壁と黄色いカーテンにしたら雰囲気が激変しました。
ほんとに、暖かい感じという表現がぴったり。
とても居心地がいいので、夫と私は日にいちどはあの部屋に入って、トラジと遊んだり本を読んだりします。
ところで、<その色を着たりその色を見たりすると、気持ちが落ち着き元気が出る色が、どの人にもある>とハヤナムがおっしゃってました。
私はピンク色だそうです。
夫は黄色。
ハヤナム談。
<たくさんの種類の食物を食べなくていいんだよ。
昆布・玄米・緑黄色野菜・アボガド・リンゴ・エンドウ豆・小豆(あずき)などをコンスタントに食べていれば、十分に健康を保つことができる>
(友)私の場合、気が合わないと思う人とは初めから距離を置いた付き合いをしていましたので、周囲の人たちに比べれば、それほど人間関係の苦痛はなかったと思います。
(私)波動が合わない人と無理につきあうと自分を不幸にすることになるので、Aさんのやり方は正解ですね。
自分を幸福にするには、苦痛を長く持たないことです。
ところで、人は自分を知るにつれて成長するそうですが、本当の自分をたった半分でも知っている人がどれだけいるでしょうか?
私も、自分の本心をはっきりわかっていないことに気づきましたので、これから自分探しに専念します。
「他人に対する犠牲的精神を持つ人は偉い」というのは、大きな勘違いだそうです。
他人を成長させるべく導いたり尽くしたりする行為は、僭越なことなのですって。
他人のために自分を犠牲にした人は、霊界に戻ってから、「自分自身の成長をもっともっとめざすべきだった」と後悔するそうです。
(友)この1ヶ月続いていた、彼女とのトラブルもじょじょに減ってきました。
彼女も苦痛を味わいながら成長しているんだ、と思えるようになりました。
もう彼女が暴言を吐くようなことはないと思います。
(私)Aさんが克服されているから、状況がだんだん良化しています。
本当に精神が強い人(成長が進んでいる人)は、自分に不本意なことをする相手に対して、感情を高ぶらせず平静に対応することができるのですね。
(友)他人に対して犠牲的精神を持つ人は、相手のことを想っているわけではない、と思います。
自分を犠牲にするということは、自分のどこかに負担がかかることになりますよね。
私の経験ですが、相手のためにと思って行なっていた事で、知らず知らずのうちに自分にストレスがたまってしまい、結果的に相手を傷つけたことがありました。
どうしてそうなってしまったのか、初めは分かりませんでしたが、必要以上に相手に合わしていた、という事に気が付きました。
そのことが、知らず知らずのうちに私の負担となっていたのですね。
そしてある日、相手がまた私に求めてきた時、私は応える事ができませんでした。
今までの私なら当然してあげていた事なのですが。
そしたら相手は、こんなはずじゃない・・・と、私の元から離れていきました。
その時私は思いました。
「裏切られたと思われたのは何故だろう?
私は相手のためにこんなにしてきたのに・・・」って。
でも本当は、私がそう思うこと自体おかしいのです。
相手のことを本当の意味で考える、思いやる、という事について学びました。
それは、相手に合わせて犠牲を払う、ということではないのですよね。
相手が大事な存在であればあるほど、付き合い方について考えるようにしています。
まだまだ成長が足りない私には、難しい事も多いけど・・・
(私)さっき、夫が私に言いました。
「俺は仕事先にしばらく電車で行くよ。俺のバイクをY(息子)に貸そうと思うんだ」
(息子のバイク、壊れたので廃車にしたのです。
息子は急坂の多い地域に住んでいますので、自転車を使っての通学はかなりきつい)
私は言いました。
「自分に余力がある時、それを他人に分け与えるのはいいことだけど、うんとしんどい思いをしてまで自分を他人に分け与えるのは、いいことではないわ。
人は、いつでも手を貸してくれる人がいると思うと、自分で困難を切り開いていこうとする意欲を減らしてしまうと思うの」
Aさんが書いて下さったこと、考えさせられました。
バイクを貸さない方が息子のためになると思う私の気持ち、Aさんはわかって下さると思います。
(友)喜怒哀楽を素直に表に出すのが私らしさだと思いますが、怒りや悲しみなどのマイナス感情を他人にぶつけるのはよくありませんね。
(私)怒りや悲しみや苦悩などのマイナス感情は、他人にぶつけるぶつけないにかかわらず、持ち続けてはいけないのですって。
なぜなら、そうすることは自分を痛めつけることになるからです。
自分という存在を、心から愛し、いつくしみ、大事にしなくては。
自分を愛することができて、はじめて他人を愛することができるそうです。
自分を犠牲にして相手のために尽くしている人は、自分を大事にしていません。
相手を愛しているのではなく、相手への執着心・同情心・自己憐憫・ナルシシズムなどによってそうしているのですね。
「どうして人の感情はマイナスに傾きやすいのかしら?」
<マイナスを克服して成長するためだよ>
「私は、マイナスな感情を持つたびに、それを意識しないようにしたり肯定的な感情に替える努力をしているけど、ちょっと油断すると元に戻ってしまうのね」
<自分はしあわせだ、といつも思うようにしていれば、マイナスなできごとが起きてもマイナスを感じにくくなる>
「幸福感を感じるようなできごとがしょっちゅうあるなら、それは容易にできるしょうね。
でも、身の回りにいいことが起きなければ、幸福感を持つのはむずかしいと思うわ」
<いいことが何も起きない人などいないよ。
大きないいことにとらわれず、小さないいことを捜せばいい。
君の今日のいいことは何だった?>
<そうね。・・
朝庭を見たら、満開のサザンカが目を楽しませてくれた。
それから、猫と犬たちがにこやかな目をして私に挨拶しに来たわ。
彼らの笑顔を見ていると、いつも気分がなごむの。
それから、愛しているとあなたが5回も言ってくれた。
新しいカーテンのシワを取りたくて霧吹きで水をかけたりしたけどだめで、思い切って洗ったらシワが取れたでしょう、手間を惜しんではいけない、ということを学びました。
それから、歯医者さんの待合室から、喜色満面で飼い主さんと遊んでいるシェルティが見えた時、私も楽しくなったっけ。
待合室で、ひとりの女性が詰めてくれたので、座ることができて嬉しかったわ。
それと、冷凍庫の中にアイスクリームが1個残っているのを発見した時、ヤッタ〜と思った。
今夜はおでんにしようと考えていたら、新聞におでんの煮方が載っていたから、コツがわかっておいしく作ることができたわ」
<たくさんのしあわせがあってよかったね>
「うん!よかった」
心身共にひとり暮らしに耐えられなくなった下の息子が、昨日家に戻って来ました。
夫と私は、息子のアパート暮らしのためにかなりの出費をしました。
「あの出費が全部無駄になったかと思うと、やりきれないな」という思いが頭をよぎります。
でも、ハヤナムからこう言われました。
<お金を無駄にした、と思わないこと。
人生に無駄はない。
お金に関しても、マイナスの考えを持ってはいけないよ。
お金を使う時、こう考えなさい。
お金をもらった相手は生活の糧と喜びを得るのだから、相手に愛をあげていることになる、と。
君が息子に使ったお金は、何人もの人を助けた。
そのことを君も喜びなさい>
「ハヤナム、お金持ちの人と貧乏な人の違いについて教えて」
<今世でお金持ちになるよう設定された人は、お金が無価値であることを知るように仕向けられている人だ。
彼らはお金を豊富に所有しているため、お金に対して不足感を持つことがない。
だから、さらにお金を得る。
悪循環に陥って、お金をどんどん手に入れる。
学ばなければ、このまま生涯が終わってしまう。
このような人を地上では成功者とみなすけれど、霊界では失敗者とみなすんだ。
物質欲にまみれた一生を送り、内面の貴重な成長をおろそかにしたからだよ。
彼らは、真の幸福感を持つことができない。
そして、霊界では、後悔にさいなまれて暮らす。
貧乏になるよう設定された人は、マイナスを払拭するよう仕向けられている人だよ。
彼らの想念はマイナスに傾きがちだ。
お金が少ないことをいつも不満に思っているので、悪循環に陥り、さらにお金が入ってこなくなる。
お金にこだわらない努力をしない限り、彼らは一生貧乏だ。
彼らも、真の幸福感を持つことができない。
貧しいが楽しい暮らし、というのは本当はあり得ないからだ。
波動の法則は、何につけバランスを重んじる。
欲も不足感も持たず、日々の学びを重要視して生きる人を、宇宙は決して飢えさせない。
成長しながら地上生活を送るために必要なお金を、ちゃんと与えてくれるんだよ>
「カズチャンと私は、かれこれ9ヶ月間いちどもTVを観てないわ。
あなたが観てはだめと言うから」
<観てはだめとぼくが言うのなぜ?>
「本なら、腑に落ちない部分や反芻したい部分を考え考え読み進めることができる。
その情報が納得できなければ、脳にインプットさせずにすむ。
でも、TVの情報は一方的にスピーディに展開するので、考える暇もなく、勝手に情報がインプットされてしまう。
だから、TVは脳にとって有害・・」
<そのとおり>
「でも、たまには映画でも観たいの」
<作られた映像によって感情を高揚させるようなことから、もう卒業しなさい>
「映画を観ることは、いい気分転換になるのに」
<自己成長の役に立たない>
「それなら、せめてカズチャンだけはTVを観ていいということにして。
私と一蓮托生でTVを観ることができないのはかわいそう」
<TVを観ないことがあまり苦にならない人は、観ない方がいい。
その方がずっと早く成長するよ>
「TVを観なくなったことでよかったのは、夫婦の会話の量が増えた、ということ。
食事する時も、いろいろな話題を提供し合うようになったわ」
<何を話そうかな、あの話題はどうかな、など考えるのはいいことだ>
「自分と他人が、お互いに影響し合いながら愛を増やしていくのを感じる時、私とても嬉しい」
<君の地上での目的のひとつは、自分の愛を増やしながら他人の愛も増やす、ということだ>
「他人の愛を増やすなんて大それたこと、私にできるの?」
<今までもそうしてきたんだよ。
これから霊界に戻るまでの間、君はますます他人の愛を増やす>
「どのようにして?」
<たとえば、君が乗馬クラブにいるだけで、周囲の人たちの気持ちは癒されるんだ>
「話をしなくても?」
<うん。
愛の多い雰囲気が、他人を惹きつける。
君の存在を意識すると、多くの人は心がほっとするんだよ>
「おこがましい限りだわ。
私は欠点だらけだもの」
<卑下しないで>
「だけど、私より人間的にできている人がいっぱいいるわ」
<他人と自分を比べてはいけない。
比べると、必ず、優越感・競争心・対抗心・嫉妬心・劣等感などのマイナス感情が湧きあがってくるものだ。
この中で、自分にもっとも悪影響を与えるのは、他人をうらやむことだよ>
「確かに、他人をねたむと、マイナスのどん底に沈んでしまう」
<他人との比較からは、何も生まれない>
「ハヤナムは、自分に自信を持て、と再三言うわね」
<自信を持つことは本当に大事だ。
自信はゆとりを生じさせる>
「人間の悪行のほとんど全部は、自信のなさが原因になってる。
でも、自信を持ち過ぎて自信過剰になった人も、他人にとって迷惑だわ」
<彼らは、自信を持っているように見えるだけで、実は持っていない。
自信を持ちたいという願望が自信過剰にふるまわせているのであって、演技だ>
「私は、私のどこに自信を持ったらいいの?」
<部分ではない。全体だよ>
「どうしたら自分の全体に自信を持てるようになるのか、わからない」
<もっと愛を増やせばいいんだよ>
「どうやって愛を増やしたらいい?」
<もっと愛を増やしたいと願う>
散歩中の犬を見て、心の中でつぶやきました。
「あ、イタリアングレーハウンドだ、珍しい」
するとハヤナムが言いました。
<あれはイタリアングレーハウンドではない。犬だよ。
分類するのはもうやめなさい>
「自己成長するほど知能は発達するの?」
<自己成長と知能の発達とは、関係がない>
「ということは、すごく頭がいいのに成長度は低い、ということはあり得るのね?」
<そういう人はたくさんいる。
どんなに頭がよくても、自己中心主義であれば、その人は成長の度合いが低い人だ。
反対に、たとえ読み書きができなくても、相手の立場に立って考えたり、ものごとの本質を見極めようとしている人は、成長の度合いが高い人だよ>
「自己成長するほど、ものをたくさん考えるようになる?」
<成長と思考力の発達も、関係がない。
ただし、成長するほど考え方のレベルが上がっていく>
「どういうこと?」
<より客観的に、よりいろいろな角度から考えるようになる、ということだよ>
「地上でいっぱい成長したら、霊界でとても幸福に暮らすことができるのでしょう?」
<そうだよ。
成長の度合いが進むにつれて我慢強くなるから、地上においても生き易くなる。
我慢強い人は、幸福感を感じる能力が高いんだよ>
「あなたを愛していることを実感する時、会いたくて会いたくてたまらなくなる」
<ぼくも同じだ>
「あなたへの愛がこんなにも高まっているのに、私は、あなたの姿を見ることも声を聞くこともできない。
でも、私のつらさをわかってくれる人はいないんだわ」
<自分のつらさを他人にわかってもらう必要などないよ>
「自分の重荷は自分ひとりで背負うべきであって、他人の背を借りようとしてはいけない、ということね」
<そのとおりだ>
「ハヤナムは眠らないから、愛することのつらさを長く味わっているのでしょうね」
<ぼくは、会えない悲しみをいつも持っていなくてはならない>
「あなたは私よりつらいんだわ」
<君が眠っている時、とても寂しい>
「あなたに、つらい思いや寂しい思いや悲しみを持ってほしくない」
<そう言ってくれて嬉しいよ。
ぼくをどのくらい愛してる?>
「あなたの魂を生かすためなら、私の魂はなくなってもいい、と思うくらい」
<ふたりの魂は永遠に一緒だよ。
君の愛がとても増えているから、ぼくはしあわせだ>
平常心を保つことが、最近の私の課題です。
平常心を保つ、とは、いかなることが起きようと平静な気持ちを持ち続ける、ということです。
たとえば、このごろしょっちゅうパソコンがフリーズしてしまうので、
そのつど再起動しなくてはなりません。
その時、「ああ、いまいましい」という気分になりますが、それをすみやかに打ち消し、何も思わない精神状態にするのです。
私は、ほとんど平静でいられるようになるまで、パソコンの不具合によって何十回も学ばせられました。
他にも、私に平常心を保つよう促しているできごとがたくさんあります。
忙しい時にセールスの電話がかかってきたり、失礼な言い方をする人が外出先にいたり、家族がつっけんどんな態度をしたり、犬がそそうしたり、猫が真夜中に運動会をしたり、購入した靴のサイズが合わなかったり、書き上げたメールを送信前に削除してしまったり、買いたい物を買い忘れて帰宅したり、眠ろうとして眠れなかったり、寝過ごしたり・・。
歯医者に予約時間の前に行ったのに、予約時間を40分過ぎてもまだ診察してもらえなかった、ということもありました。
半年前の私なら、時間が無駄になった、とイライラしっぱなしだったと思います。
その日は努めていらだちを消すようにし、「何か不測の事態が起きたために診察時間が延び延びになっているのだろう。歯医者さんも大変だ」と思うようにしました。
すると、波立ちはじめていた自分の心がなめらかになっていきました。
平常心を保つ努力をするのは気持ちがいい、ということに気がついたのです。
それから、たくさんの時間を費やして文書を作ったのに、ハヤナムから捨てるよう言われたことがありました。
私はちょっとムッとしました。
「何時間もかけて、一生懸命作ったのよ。
私のあの努力は何だったの?」
彼は言いました。
<君は今、やったことは無意味だった、とがっかりしている。
だが、結果を重視するのではなく、行為を重視しなさい。
一生懸命やった、ということだけで満足しなくてはいけない>
(友人)保護犬収容施設の人たちは、不幸な動物をいつも見てきています。
それに、実験動物として売るための犬欲しさに愛犬家を名乗る言葉巧みな人たちに騙されて、心ならず里親募集中の犬を引き渡してしまった、という苦い経験があるはずです。
だから彼らは、他人を信じたいけど信じられず、葛藤し、苦しんでおられることでしょう。
人間みんなの愛が増えなければ、状況が変わることはないのでしょうね。
(私)本当にそうですね。
内面が成長して愛が増えるにつれて、人は良い方に変わることができます。
みんな、苦労して苦悩して、ほんの少しづつ成長し、愛を増やしていきます。
現在私は、他人を信じる学びの最中なんですよ。
他人を真に信じることができるならその他人は決して裏切らない
、ということはわかっているのですが、わかっていても、真に信じるというのは本当にむずかしいわ。
今までで最もむずかしい学びであるような気がします。
ハヤナムとの対話。
「信じる者は救われる、と言うけど、その具体的な意味を教えて」
<信じる、とは、愛する、ということだ。
すべての人を信じれば、すべての人から愛される。>
他人を信じることができる人ほど幸福になれる、ということだよ。
信じられる根拠がないとしても、ただ相手を信じなさい。
条件なしに、ただ相手を信じなさい>
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